お笑い芸人「デカメロン」が見た、佐渡ならではの「食文化・芸能・芸術・そしてそれを生み出す人々」を紹介し、「日本の原風景・佐渡」を掘り下げ、日本人の原点を見いだしていく体験レポート。
佐渡は弥生時代からの遺跡・古墳が多く見られ、また近世では国分寺設立の時代から江戸時代に至るまで、それぞれの時代ごとに文化の蓄積がなされてきました。
長年にわたり蓄積された文化は島という立地条件から流失することなく、島民の手によって保存発展され、独自の芸能・芸術を生み出しています。
その素材の宝庫佐渡島をたたき上げお笑い芸人「若井ぼん」が、佐渡の文化風土を今直守り発展させている「佐渡人」の思いを引き出していきます。
佐渡、お笑い島計画
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| サマリー | 朱鷺オカリナの里 城南窯 池田脩二さん |
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| 公開日時 | 2007年06月8日 13:08 |
| サマリー | 建設会社の重役から一線を退き、今は農業に情熱を燃やしている伊藤市司郎さん。 今なぜ米作りに精を出しているのだろうか。 それもただの米ではなく、有機農業にこだわり、 佐渡ならではの素材を使った新たな米作りにも挑戦している。 将来は水田にドジョウが、そして朱鷺が・・・。 佐渡海洋深層水から育てたコシヒカリ「海舞~u・ma・i~」を御存知だろうか。 佐渡沖水深300メートルから汲み上げた日本海の深層水を使い、 有機堆肥で精魂込めて作られた貴重な佐渡産コシヒカリだ。 農業の人手不足と、建設需要の減少という観点から、 建設会社の従業員が農業を行うという、新しい職業スタイルを生み出している。 時代の変化を素早く読み取り、柔軟に対応していく匠の信念とは。 |
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| 公開日時 | 2007年02月4日 23:00 |
| サマリー | 沢根はかつて鶴子銀山の麓であり、佐渡金山の金の通り道であったことから、人々が土着し街道となった。佐渡には北前船がよっていたことから西の文化が入り、沢根だんごが生み出され、現在まで約200年の歴史を刻んでいる。 老舗「お菓子処 しまや」の第七代目の御主人である本間重信さんは毎朝日の出前から団子の仕込みを行う。沢根だんごは佐渡産コシヒカリを石臼挽きした粉で作られ、しっとりした一口サイズのだんごである。 それを急速に冷凍保存し、食べたいときに自然解凍していただく新らたな技術が練りこまれている。佐渡の味を島外の人たちに食べてもらいたいという匠の思いと技から生まれた作品である。是非、御賞味あれ。 |
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| 公開日時 | 2007年01月28日 00:01 |
| サマリー | 雪割草とは早春に雪を割って咲くことから名が付けられた。 佐渡を代表する花のひとつである雪割草はオオミスミソウと呼ばれ、 大きくて色が濃く多色である。 変化にとんでいるのが特徴で、突然変異がよく起こることでも有名だ。 雪割草の匠、杉山澄夫さん70歳。発電所勤務を定年後、 自分の山林で偶然に雪割草を見つけたのがきっかけとなり、その美しさの虜となる。 雪割草の交配に独学で挑戦し、現在1200種を栽培する。 友人・知人の名前を花に付けてあげては、差し上げるという島のダンディなおじ様だ。 そんな心優しい杉山さんは近年の島外専門業者による雪割草の盗掘に心を痛めている。 佐渡の雪割草はまた佐渡で春を迎えることを願っている。 |
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| 公開日時 | 2007年01月21日 06:45 |
| サマリー | 「佐渡といえば金山」といわれるくらい佐渡の代表的な名所である佐渡金山。 その麓に佐渡金銀山を世界遺産登録しようと活動する熱心な小学校がある。 歴史・文化を学び、これからも大切にしていくために、より多くの人にその素晴らしさを伝えようとする、その取組みを追った。 佐渡金銀山は平成元年の閉山まで約400年にわたり、金銀山に関連する遺跡・建造物・景観が島内に広く分布し、鉱山技術の変遷を目の当たりにできる島として、世界的にも稀有な存在といえる。相川小学校の子どもたちは、今自分達でできることは何かを考え、それを実践し、徐々に地域へ、島内へ、国内へ広げていくことにより見えてくるもの。世界遺産登録への夢は広がる。 |
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| 公開日時 | 2007年01月14日 00:00 |
| サマリー | 「佐渡牛」を御存知だろうか? 佐渡牛は究極のOEM和牛といわれ、子牛の段階で佐渡から出荷され、神戸にいって「神戸牛」となり、松坂にわたり「松坂牛」となるといわれる、佐渡産のおいしい食肉牛である。 しかし、ブランド力醸成に力点を置かなかったことから、「おいしいが、全国的には誰も知らない」ものである。 そして、佐渡牛を育成する酪農家も年々少なくなり、「島内市場」の閉鎖が現実化してきた。 この現状を打破するために、立ち上がった 男たちがいる。 建築資材会社社長の坂口さんと鉄工所社長の櫛谷さんだ。 酪農と関係のない経営者がなぜ牛に取り組むのか? その答は、「新・日本百名山」に選ばれたドンデン山にあった。 |
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| 公開日時 | 2007年01月7日 00:00 |
| サマリー | 佐渡百選で人物として選ばれている日本画家の桑原義泰画伯を紹介する。 特に「梅花」「紅葉」を得意とし、画風は日本画にはあまり見られない迫力と力感に溢れ、写実でありながら精密な実写を排し、豊かな感動に満ちた表現力で異色の画家として注目される。 現在93歳であるが、生涯現役で今も精力的に活動している。 旧金井町に生まれ、東北電力(株)に入社。軍隊生活からの復員後も会社勤務のかたわら、生来の絵画趣味を高め、1980年新興美術院会員に推挙、91年同展審査委員となる。 金北山に毎日通い、日々山の景色を目にし、心に焼きついている。 近年暖冬の影響で紅葉が以前より赤くならないが、義泰画伯は30年前の山の景色を今も描く。 |
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| 公開日時 | 2006年12月31日 00:00 |
| サマリー | 木喰さんとして、全国各地に根強いファンがいる木食上人こと木食行道。 「木食の微笑」といわれるその作風は、見る者の心を和ませる独特の雰囲気を持っている。 56才にして全国回国の旅を始め、93才でその生涯を閉じるまで、日本全国を歩き、 人々の苦しみを救うため、仏を彫り続けた。その数は、千体を超える。 木食行道64才に佐渡に渡る。4年間滞在し、仏像で34体、 書道軸104軸が佐渡に残されている。何故、木食行道は佐渡に来たのか? それは、木食戒の先人である木食弾誓を慕ったが故であり、 精力的に島内各所を廻って弾誓の建てた釈迦堂を再建する。 佐渡の最北端・真更川には弾誓、行道のゆかりの作品が 今も佐渡人の手によって大切に守られている。 |
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| 公開日時 | 2006年12月24日 00:00 |
| サマリー | 今回は佐渡の山について、里山のあり方を提言する。佐渡の里山は人が適度に木を切り棚田を作ってきた歴史があるが、農林業の衰退により里山に人の手が入らなくなった。 朱鷺の野生復帰をきっかけに里山が失われた大切さに気付いた今、その失われた機能を取り戻すときにきている。今回は新潟大学農学部本間航介助教授に朱鷺が野生復帰するための里山の再生と、環境の考え方について語っていただいた。 野生の朱鷺の餌は里山の小動物であり、それが生存できる環境は日本の原風景の里山である。現状の日本の山は、木が密集し植林よりも木を切るほうが重要である。光の入らない林はいずれ共倒れし、枯れてしまう。目の前にいる生き物を自分の目で見て、感じてほしい。 |
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| 公開日時 | 2006年12月17日 00:00 |
| サマリー | 佐渡最南端の小木地区にはかつての港町、宿根木がある。江戸から明治時代に日本海を運航する北前船などの廻船業で発展した港町。千石船が出入りし、金の通り道でもあった宿根木は金山最盛期には佐渡の三分の一の財宝があったと言われている。船大工の技術が密集した町並みに生かされていて、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている。歴史を感じる石畳の小路の間に密集した家屋は板張りで、石置木羽葺屋根という板の上に石をのせた屋根で独特な雰囲気がある。瓦に大黒様を模ったり、軒下に屋号をデザインした飾りを付けたりと遊び心も見られる。また、狭い土地でも船大工の技術を利用し建てた、三角家など変形した建物もある。 |
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| 公開日時 | 2006年12月9日 22:24 |